トヨタが仕掛ける「喧嘩」の正体

2026年1月9日、幕張メッセで開幕した東京オートサロン2026で、トヨタ(TOYOTA GAZOO Racing)が突きつけたのは、まさかの「喧嘩」だった。日本を代表する巨大企業のトップがサングラスをかけ、互いに牙を剥き、さらには「会長の力は借りない」とまで言い放つ。しかし、その狂騒を一枚めくれば、そこにはかつてないほどの切迫感と、緻密な戦略が横たわっていた。

中嶋裕樹副社長(TOYOTA RACING会長)による「社内抗争」の宣言において、モリゾウこと豊田章男会長に対し、「モリゾウの力を借りずに自分たちの力だけでル・マンを勝ち、トロフィーをここに叩きつける」と豪語した挑発的なフレーズこそ、トヨタが仕掛ける「喧嘩」の正体の一つ、「脱モリゾウ」という名の世代交代だ。圧倒的なカリスマとして組織を牽引してきたモリゾウへの依存を断ち、現場の技術者たちが自らの足で立ち上がり、次世代の「もっといいクルマづくり」を継承していく。その決意は、組織の再編という形でも明確に示された。長年親しまれた「TOYOTA GAZOO Racing」からトヨタの冠を外し、組織名を「GAZOO Racing」へと変更。一方で、ドイツ・ケルンを拠点に開発とレースを担う新組織「TOYOTA RACING」を切り離した。この構造の変化は、単なる名称の変更ではなく、トヨタという巨大組織がこれまでの成功体験を捨て、自らを否定してでも進化しようとする強い危機感の現れである。

また、ダイハツ工業との「親子喧嘩」を公の場で繰り広げた点にも、リーダーとしての矜持が滲む。モリゾウが「商品を作り上げ、使ってもらうことで信頼を取り戻す」と語り、軽トラックを用いたカスタム対決という具体的な勝負の場を用意したことは、グループ会社への何よりの激励となった。ものづくりの楽しさと執念を競い合う姿を見せることで、失われた信頼を「エンジニアの意地」によって取り戻そうとしているのだ。


こうした演出を支えているのは、一切の妥協を排して開発されたプロダクトの圧倒的な力だ。世界初公開となった「GR GT」および「GR GT3」は、電動化が進む時代にあえて4.0L V8ツインターボエンジンを搭載し、その咆哮を轟かせる実走デモランが用意されている。ニュルブルクリンク24時間レースの知見を注ぎ込んだ限定100台の「GRヤリス MORIZO RR」は、専用の「MORIZOモード」を搭載するなど、サーキットの熱狂を公道へと繋ぐトヨタの執念が結晶化した一台だ 。さらに、AE86の4A-GEエンジンのシリンダーブロック復刻といったヘリテージ活動は、「クルマ好きを誰ひとり置いていかない」というメーカーの決意を具現化している 。

トヨタが仕掛けたこの「喧嘩」の正体は、効率や合理性だけでは救えない「愛車」という文化を死守しようとする、エンジニアたちの震えるようなプライドだ。世界的なEVシフトの荒波やグループへの逆風の中で、彼らはあえて剥き出しの闘争心をさらけ出した。この「本気の遊び」の先に、「日本のクルマ文化」が真の「市民権」を得る未来が微かに見える。トヨタの仕掛けた喧嘩は、停滞する日本のクルマ文化を再燃させるための、最も熱く、最も誠実な火種に他ならない。


取材:HiroshigeSuzuki / SprotsPressJP

text by TLM / SportsPressJP