バスケを始めたのは13歳。ゲームとYouTubeでNBAを知った八村塁が、当時一番好きだった選手はカーメロ・アンソニー(当時ニューヨーク・ニックス)だったという。渡米を目指した高校時代に参考にしていたのは、同じパワーフォワード系のジャバリ・パーカーやアンドリュー・ウィギンス。ミドルレンジのジャブステップは、ここから来ているという。
ドラフトされてウィザーズに加入した当初、ジョン・ウォールやブラッドリー・ビール、ラッセル・ウェストブルックといったスーパースターたちが自分のチームメイトになる感覚を、八村は「不思議」と表現する。NBA 2K でプレーしていた選手たちが、現実のチームメイトになる。ルカ・ドンチッチ、レブロン・ジェームズ、アンソニー・デイビスとレイカーズで肩を並べた時も、同じ感覚があったという。
その"不思議"が一番強く現れたのが、ワシントン時代の対戦だ。当時トレイルブレイザーズに所属していたカーメロと対峙し、ミドルレンジのプルアップジャンパーを沈めた瞬間、八村はカーメロの方を見た。カーメロも視線を返し、「やったな」「なかなかやるな」というアイコンタクトを交わしたという。憧れの選手に、プレーヤーとして認められた瞬間として、八村は今もこの記憶を大切にしている。
同じ感覚を、田臥勇太も持っている。フェニックス・サンズ時代、チームメイトだったスティーブ・ナッシュについて、田臥は「今までやってきた中で、この人が何をプレーするのか分からなかった人は、ナッシュが初めてだった」と振り返る。目線がどこを向いているのか分からず、それだけで対戦相手に威圧感を与えていたという。田臥は、八村もいま対戦相手からそう思われる存在になっていると付け加えた。
NBAデビューの記憶も、2人に共通している。田臥は最初にロッカールームで練習着を渡された時の嬉しさを、今でも覚えているという。八村もまた、今年新たに加入したクリッパーズで、自分の名前が入ったロッカーを見た時のワクワク感を語った。日本人としての名前がNBAのロッカーに掲げられていること自体が、いつも変わらないモチベーションになっているという。
Photo by Kyoko Hayashi / SportsPressJP
Reported by: Tomoyuki Nishikawa / SportsPressJP
Courtesy of BLACK SAMURAI SUMMIT 2026
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