コービー・ブライアントの背番号は「8」と「24」。
八村塁の背番号は、日本代表で「8」 NBAで「28」。
Photo by Junko Sato / SportsPressJP
八村塁が日本代表でつける背番号は「8」。由来は極めてシンプルで、「八村」の「八」である。誕生日が2月8日というのも不思議な縁を感じる。宮城・明成高校時代からこの番号にこだわり、「八村なので昔から8には思い入れがある。僕の番号なんで」と語ってきた。2019年のバスケットボールワールドカップ出場時には、当時8番をつけていた先輩の太田敦也に自ら連絡を取り、番号を譲り受けている。
NBA入り当初のワシントン・ウィザーズでも、同じ「8」を背負ってプレーした。その歴史に変化が訪れたのは、2023年のロサンゼルス・レイカーズ移籍時だった。レイカーズの「8」はコービー・ブライアントの永久欠番であり、使用できない。そこで八村が選んだのが「28」である。レイカーズのジニー・バスオーナーは、移籍決定直後に交わした本人とのやり取りをこう明かしている。「彼に聞いたんです。『もう背番号を選んだの?』と。彼はこう言いました。『28番にします。2はジアンナのために、8はコービーのために』と」。
八村とコービーの接点は、これが初めてではなかった。ゴンザガ大学在籍時、NCAAファイナルフォーの舞台でコービー本人と対面する機会があり、選手一人ひとりに特別なシューズを贈られ、マンバメンタリティについて語りかけられた経験を持つ。2020年1月の突然の訃報の際には、自身のSNSで「彼はただのバスケットボール選手ではなくそれ以上の存在でした」と悲しみをつづっていた。
レイカーズで「28」を背負うことになった八村を待っていたのが、専属コーチのフィル・ハンディである。ハンディは1971年8月24日生まれ。コービーの「マンバデー」と同じ日付で、8歳年上だ。八村の移籍直後、当時のヘッドコーチだったダーヴィン・ハムのもとに、ハンディから直接連絡が入っている。「なあ、ルイを俺にやらせてくれ」。こうして、師弟としての歩みが始まった。
背番号は本人が選び取ったもの。コーチとの縁は巡り合わせによるもの。経路は違うが、八村塁という一人の選手の中に、コービーとの結びつきが二重に重なっている。八村はコービーへの敬意を「28」に込め、日本代表では自らの原点である「8」を守り続けている。その後移籍したロサンゼルス・クリッパーズでも、「28」は変わらず受け継がれている。
背番号「8」は、ただの数字ではない。
コービーの原点であり、八村の原点であり、ハンディが繋いだ、静かな運命の糸なのだ。
Photo by Kyoko Hayashi / SportsPressJP
0コメント